男に促され、袴田は妻に起きたことを全て話した。
「妻には時間がないんです……。何とか……自分の全財産で何とかなりませんか」
「そうでしたか……それは大変でしたね。ですが、どのような事情であっても値引きは出来まっせん。なので貴方には購入ではなく寿命の受け渡しを提案しまっしょう!」
男の提案に今度は袴田が首を傾げた。
「寿命の受け渡し……ですか? それは、自分の寿命を妻に分け与えるということでしょうか……」
そう言葉を発しながら、瞳に力を取り戻していく。
「ご名答です!!」
男は指を弾き、満面の笑みを見せる。
「そんなことが出来るのであれば――是非お願いしたいです!! 自分の寿命を妻に渡して下さい!!」
袴田はカウンターに両手をつき、男に頭を下げた。
「畏まっりまっした。では手続きを進めまっす。手数料は受け渡す寿命の20%です。貴方の寿命から差し引かせて頂くのでご了承下さい」
こうして袴田は寿命の受け渡しを注文した。受け渡す寿命は十年。手数料として二年の寿命が必要となるので、袴田の寿命は十二年短縮されることとなる。
まだ三十代前半の袴田はもっと多くの寿命を渡すことも考えたが、自分の寿命があと何年かも分からない状況の中若干の恐怖を覚え、まずは十年を渡すことに決めたのだ。
男は用意をすると言って奥の部屋に入って行き、十分程で戻ってきた。
その手のひらには人型に切り抜かれた二枚の紙が乗せられていた。
青、赤の二色。
「お待ったせ致しまっした。ではこちらの紙に名前をフルネームで書き、息を吹きかけて下さい」
男を待っている間、これから何が行われるのか緊張していた袴田であったが、意外の単純作業に拍子抜けする。
「それだけでいいんですか?」
「ハハハ、皆初めはそう言うんですよね。難しい作業はありまっせんから安心して下さい!
それに、残りの寿命が極端に短くなければ身体への影響も全く無いんですよ」
男は人差し指を立てながら誇らしげにそう説明した。
「そ、そうなんですね」
自分の寿命についての不安は残るが、今は妻が優先だと割り切った。
袴田は手渡された青の紙に自分の名前を書き、それに息をかける。続いて赤の紙には妻の名前を書いた。
「ありがとうございまっす」
男は紙を受け取ると、青の紙を手に持ち、赤の紙をカウンターに置く。
「では手数料をいただきまっす!」
男がそう言うと――青い紙が一瞬ブレ、そこから同じ人型をした白い紙が剥がれ落ちた。
「ええっ!?」
袴田の驚きの声を気に留めること無く、男は作業を続ける。
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