カウンターへ舞い落ちた紙の頭の部分に『2』と数字が書かれている。これが手数料とされた寿命なのだろう。
次に男は、青の紙を袴田の妻の名前が書かれた赤の紙に重ねた。すると、青の紙が赤の紙に溶け込むように消えていく。そして赤の紙の頭には『10』が浮かび上がった。
目の前で起きた不思議現象に、袴田は最早言葉が出なかった。
「さあ、これでここでの手続きは完了です。こちらを奥さまっの額に当てて下さい。それで受け渡しは完了しまっすので」
男は満足げな顔をしながら、赤の紙を袴田に手渡した。
赤の紙は名前の書かれた人にしか作用しないらしい。
「ありがとうございます!! これで美香は……。早速妻のところへ行ってきます!!」
先程の不思議な現象が袴田に確信を持たせた、これで妻は助かると。
袴田は男に頭を下げると、急ぎ足で店を飛び出した。
「またの御利用お待っちしておりまっす!!」
男の声が店内に響いた。
「さて……今度の人間はどういう人生を送るのでしょうかね……」
どこからか取り出した丸い水晶を眺めながら、男は独り言を呟いた。
五年後――――
「いらっしゃいまっせ。あ、袴っ田さまっ! いつも御利用ありがとうございまっす」
この頃には袴田はこの店の常連となっていた。
「マスター、今日はこいつの寿命の受け渡しを頼みたいんだ。取り敢えず十年で」
袴田の傍らには、酔い潰れ意識の朦朧とした若いサラリーマンがいた。
手続きを進める中で、青い紙に書いた名前は……寺嶋拓也。この若い男の名前だ。
二枚の赤い紙には、袴田の名前と妻の名前が書かれた。
ーーあれから、袴田の妻の寿命は無事延長され、二人は幸せな日々を過ごしていた。
しかし日を追うごとに、不確定な自分の寿命に対する恐怖と、妻の寿命の期限に対する不安が増していき、いつからか幸福な日々から恐怖と不安に支配される日々へと変わっていった。
そこで袴田が取った手段が……他人の寿命を奪うことだったのだ。
ちなみに袴田の妻はこのことを知らない。
「ありがとう、マスター。また来るよ!」
「はい、またの御利用お待っちしておりまっす!!」
カランカランとドアベルが鳴り響き、また店内に静けさが戻った。
「この間は他人の子供で、今度は酔っ払いですか……。次は誰を連れてくるやら。袴っ田さんにはハッピーエンドを期待していたのですがね、残念です……。人間の欲というものは恐ろしい。でも……とっても面白い!! ククク」
男の笑い声がいつまでも店内に木霊し続けた。
命の買い取り販売承ります。
生命屋――年中無休で営業中。
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